自我という病

自我は強めるべきか弱めるべきかという議論があるが、わたしは極力弱めるべきだと言う観点を持つ、というよりか、

自我というものは、他者との関係で築かれる一種の幻想なのである、というところまで割り切っている。

まあ、これは、よくある話であるが、他者が在らずして自我もないということだ。

自分とは他人が作り出した錯覚である、と言えば極端だと思われるかもしれないが、実際にそういうものだ。

心を媒介し、他人が与えた情報をもとに再構成された、何かを私たちは「自分」と呼ぶ。

他社の像を見て自分の心が勝手に作り出した、自分が作り出したわけではない概念である、自我。

これを強めるも弱めるもないではない。

しかし、困ったことに社会においてはこの自我をぶつけ合うことで社会が成立している側面もあるので、

単純に、無くせば何か解決するわけでもない。その錯覚をうまく使って物事がうまく進むこともある。

ただし、やはりどこまで言っても幻想は幻想なので、これに少なくとも自分自身は誑かされてはダメである。

こんなものを本気にしだす理由は何にもない。

(Visited 7 times, 1 visits today)
このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`yahoo` not found]
[`livedoor` not found]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.