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SE戦記@ビジネスはでっかくはじめよう、そして、ビジネスは自分主導ではじめよう

1.ビッグビジネスはスモールスタートでははじまらない。
2.ビジネスは他人にすすめられたものはうまくいかない。

上記の条件にがっちしていない成功事例をあまりないと思う。

1.ビッグビジネスはスモールスタートでははじまらない

つまり「ビッグビジネスにしたいならビックスタートをせよ」というわけだが、
そうしたほうが最終的なコストは少なくなるし成功する。

ここで想定される反論その1、
「小さくビジネスをはじめて成功した例などいくらでもある」

確かに小資本で初めてビックになれた人はいる。
というか、会社は1人の意思からはじまる。
ここにはビジネススキルもないし金もなくてもいい。

どんなビジネスも、
最初はたった1人の人間の意志力によってはじまる…だけど、
そんなビジネスも大きく成長し出したところを見てみると、
いっきに人や資本を投入しているはずである。

大きな成長には、金と人の大量投入が不可欠なタイミングがある。

その測り間違いをしないために、
小さく初めるビジネスもあるだろうが、
でも、それはどこかで大駆けするために、
確かめる試用期間があるというだけであって、
初めから小資本で続けて成功する戦術や戦略は無いはずだ。

じわじわ儲かって儲かり続けるという、
ドラクエのレベル上げ的なじわじわとキャラが成長する思想は、
変化が激しい時代にそぐわない。

的確にはぐれメタルを狙う方法じゃないといけない。
そのためには、一点集中して達成すべき目標を達成する他に手はない。
(ここでははぐれメタルを倒すこと)

金の多寡と人材の質は成功させるためのファクターであるが、
これらが少なくていいことなんかない。

貧乏だったからハングリー精神が芽生えたというのは、
貧乏を肯定できる結果論に過ぎない。

いい意味でも悪い意味でも、環境のせいにするのは無意味である。

もう1つ想定される似たような反論2に
「小さく始めれば失敗リスクが小さくて済む」というものがあるが、
これも成功させるという観点からは極めて無意味であると自覚すべきこと。
もちろん、自分の人生は限られているから再起不可能な負債を負うなとか、
失敗続きで貧乏を経験している経営者の助言は、
とても経済的リスクを避けるためのいい戒めになることは確かだし。一理ある。

売上を上げることよりもコストを下げるためのマネジメントも無駄じゃない。
組織運営とくに軌道にのったビジネスの運営においてとても役に立つ。

しかしながら、失敗の痛手を避けることが成功可能性を低めている場合は、
今一度、自分が何をやりたいか、つまり「成功させる」ことの意義について、
注意深く分析しなおした方がいいだろう。

1を10にする仕事と0を1にする仕事は違う。

0から1にするにあたって、
可能性を高める資金という弾丸を減らして勝負に挑むのはナンセンス。
弾丸はあればあるほどいいにきまっている。

弾丸切れて死ぬことを恐れているなら、
はじめから銃爪に指掛けるな。

暴発せず、起業しない、つまりサラリーマンしているが吉である。

2.ビジネスは他人にすすめられたものはうまくいかない。

これは与沢翼がアメブロで言っていたことだが、
(なんか、この人の名前を出すのはちょっと恥ずかしいwが、)
「他人に誘われたビジネスはことごとく失敗した」これは事実だと思う。

理由は、他人Aが自分Bをビジネスに誘う理由は、
Aが成功するためであって自分Bを成功させるためではないからである。

極めて当たり前な話である。

自分で準備して自分で戦略をたて自分で実行するのが、
無意味に邪魔立てされないいいあり方である。

他人をパートナーにした他力本願ではブレやすい。
(別に他人の力はつかえないと言っているわけではない。
 パートナーとクライアントの幸せを追求することが、
 善だと言い切る成功者もいるだろう。でも、それだけが、
 成功のファクターではけっしてない。)

他人の成功が自分の成功だということが、
わかりきっている商売ならば、
他人の幸せを追求してつまり顧客満足によって、
自分が幸せになればいいが、
そうそうビジネス黎明期に高モラルではいられぬことも多い。これは、
余裕が無いとか悟っていないとか、
そういう精神的な問題ではなく優先順位の問題だと思っている。

自分が生きられないのに他人のビジネスの失敗をしてもしょうがないというか。

社長業みたいなことをしていると、よくわかる。

下記のような視点で人を見ることはあまりよくないのだが、
こいつは、「自分のビジネスに利用できる人」と
「自分のビジネスに利用できない人」2種類の人がいる。

だいたい、自分よりデキる人は、「自分のビジネスに利用できない人」である。
すでにその人自信が主導になっているビジネスがうまくいっている。
その人のビジネスが対等にうまくいっているならば対等な条件で、
相乗効果が狙えるかもしれないが、基本的に相成れない。
仮にアライアンスを組むにせよ、
上下関係がはっきりした師弟関係とか綺麗な言葉で言えば「応援していただく」
体のものになる。これ自体が悪ではなくむしろ強者に味方になってもらうにこしたことはないが、
独立性が削がれて結果を残すことに支障を来すなら気をつけたいところでもある。

ちなみに、何か自分が儲かりそうなものを求めている人は、
ファーストコンタクトでだいたい巻き込めそうか決まる。
思うように動かないことも多いが本人が巻き込まれることを望んでいたりするので、
巻き込んでもいいが、けっきょくそういう人は他力本願である。

先にも言ったとおり「受動的な与沢翼状態」になるので、うまくいかないということになる。

私が説明した通りの行動をしてくれれば、
相手に価値を享受することも可能だが、申し訳ないが、自ら変わろうとしない人、
つまり受動的な人がおいしい思いすることはほとんどない。

投資家みたいに金とか資産提供という価値が与えられず、
なんとなくお得な感じがするパートナーシップはたかが知れているということ。

…というわけで、否定から入ったビジネススタート論だが、
これを肯定的に捉えて言うなれば以下のようにまとめ上げられる。

ビジネスはビックスタートかつ自分主導でやれ。

これって、すごい当たり前のことなんだけど、
(少なくとも私は当たり前だと思っているんだけど、)
小資本でやったり他人にべったり頼ったりする人も、まーまーいますよね。

パズドラ日記@降臨チャレンジ【ノーコン】全クリア

降臨チャレンジ【ノーコン】全クリア

上級者の人には当たりまえなのかもしれないが、
まあまあ、自分なりに頑張ったなあぁという感じ。
チャレンジ系ですべてクリアしたのは初めて。

スタミナ99のダンジョンをノーコンは無理だと
決めていけていたバイアスを取っ払い
バステトパにプラスをふって達成。

もちろんもっとステ振ってスキル上げないとだめ。

297はバステトしかいない。

意外に神龍界は楽だった。
バステトであるが故だと思う。
単色パだとクリアは難しいんじゃないか。

1度クリアしたことあると思うのだが、手こずったのが神世界。
覚醒ガイアの戦い方、戦の神アテナを恐る恐る抜いたところゼウス・バルカンを
スサノオのダメージ半減で抑えて、あとは勢いにのって駆け抜ける感じ。手に汗握る。

海澪神はバステトだとHPが低くて辛いので呂布ソニアパに切り替え。

あと勇将軍の趙雲子龍も初めてチャレンジして面倒だった。
周瑜もそうだったと思うが何かと面倒なダンジョン。
でも何に面倒だったのかイマイチ覚えていない。

ほかは何度か死んだが適当にクリアした。

パズドラ道はまだまだ続く。

パズドラ日記@ランク350で思うこと

パズドラのダンジョン攻略で大切なのは、、、

1.+(プラス
2.スキル
3.レベル
4.ランク上げ
5.キャラ

・・・だと思う。

攻略に必要というより、何を優先的に集めるかという意識の話。

まあでも優先というよりすべて同時並行ですべきだ。
+集め、レベル、ランク上げ、これは同時にできる。
ということは、「主要キャラのスキルを上げつつ、
+集め、レベル上げ、ランク上げを同時にやれ」ということになる。

ここで言いたいのは、+とスキルをないがしろにして、
この2つをないがしろにして上位ダンジョン攻略は無理であるということ。

フレンドを見ていてもランクは上がっているのにスキルもプラスも増えない人がいる。

これではもったいない。

「あのキャラがいい」とか言っている暇があったら、
自分のボックスで強いリーダキャラとサブ候補を育てている方が賢明である。
つまり、自分が育てるべきものへのフォーカスをぶらさないことが大切。

レベル上げは+集めより楽だしステが+より断然上がるが限度がある。
てか、ダンジョン攻略するならば、レベルMAXは当たり前なので、
優先順位とか言う問題でもないのかもしれない。

でいかに早く上級者になるか?
ということを非課金ないしは微課金で効率性を考慮すると、
魔法石をダンジョンで使用するということに尽きる。
そうでなければ、「主要キャラのスキルを上げつつ、
+集め、レベル上げ、ランク上げを同時にやれ」ということができない。

魔法石20使って雑魚キャラ集めてボックス圧迫するくらいなら、
使えるキャラ1人のためにプラ玉とスキル上げを行ったほうが、
結果としてチャレンジダンジョンや降臨キャラのGETにリソースがさけられ、
ゲームが進む。いないキャラの素材ばかり集まるのはしんどいが、
どうせ微課金では揃うキャラも揃いませんのでキャラコンプ意識は捨てる。

ついついガチャひいて、
主目的キャラのスキル素材集めのついでに素材無駄にせずに、
別キャラ育てたくなるんだけど、割り切れない結果に何も育たないということになる。
まあ、これは私の性格とその性格に対する戒めをこめて書いているので、
万人に役立つアドバイスじゃないですね。

ただパズドラは変なやり方をしているともったいないゲームだということは、
言えるかと思います。だからこそ、アップバンクがやっているような攻略動画ビジネスが成り立つんだし。

パズドラ日記@歴龍システム完成

カリラ3体とラフロイグ2体をスキルマにして歴龍システムを作りました。結局1週間くらいかかってしまいましたが、スキル上げ2.5倍期間中で40%くらいの確率でスキル上がるみたいなんで育成作業はそれほど辛くはなかった。5ひき食わせて3レベル上がることもあった。逆に5ひき食わせてレベルが上がらなかったのは1回だけ。

歴龍システムは、下位ダンジョンにて、例えば水曜にドラゴンシードを集めたり、金曜にリットを集めるのが捗ります。属性別に揃えればチョキメタもいけるそうですがチョキメタは高速周回はしないのでいらないかな。
まあ、これだけでは歴龍システムをつくった旨味が少ないですがラフロイグ2体は星宝で大活躍するファガンシステムで使うので無駄にはならないはずです。

育成作業に魔法石は使いますが経験値もまあまあ上がるのでランク300台の私にはランク上げを兼ねてちょうどいい作業だったと思います。
  
どうでもいいんですけど、ラフロイグは緑のツノが目に見えちゃうんですよね。ベルゼブブの複眼みたいなイメージ。あとはシステムを作り終えて残念極まりないのは歴龍全般あんまかっこよくないっつーこと。

パズドラ日記@木曜ダンジョン超地獄級の安定攻略方法を模索中。

手持ちのパーティで考える木曜ダンジョン超地獄級の自分的な安定クリア方法。

まず1Fと2Fは全体攻撃を出して1ターンでいっきに通りすぎないと殺られる可能性があるというわけで2体攻撃か列強を出せるパーティで行くのが良いと思われる。よくノーコンパーティで単色消しで通過すると書いている人がいるが、1Fはドラゴンシードのストライクドラゴンがきたらせいぜい耐えられるのは1発だけ。単色消して同属性で3匹殺せるならそれでもいいかもしれないがそれは危なっかしいと思う。3ターン目のドラゴンフルーツのがぶがぶだと即死する。だから1ターン目で全体攻撃は必須になると思う。したがってブロックの変換スキルが使えるキャラとその5ターンのスキルを使うためのスキブが5個いるという結論になる。

今のところだいたい赤ソニ呂布パで赤と闇を消せばいいんだけ1Fや2Fで積んじゃうので完全安定パとは言えない。となるとアテナパあたりが候補になるか...育てていなかったのが辛い。ただしアテナパは自然派?スキブ要員がいないのでアヴァロンドレイクを2体ぐらいいればバーチェや光ヴァルがはいるか?...なんて思うがこれまたサブの枠が足りなくて悩ましい。どうしたものか。そして、ラスボス時にスキルを使うために3Fでだらだらスキラゲするための回復力も欲しくなる。あまり周囲のキャラが強くなったりコンボが重なるとたまドラを列強化で突破してしまいスキルが溜まっていない状態でボス戦に挑まなくてはならなくなるので注意が必要である。

たぶん一番育てるべきはパンドラパということになるのだろうか。
もうちょっと真剣に考えないといけないなあというこの頃。

パズドラ日記@自分的水曜ダンジョン超地獄級攻略考察

自分のパーティで水曜ダンジョン超地獄級攻略を考える。

封印耐性100%にしなくてもいいいと山本大介氏が言っていたらしいが、そんなパーティで高速に安定的に回れるとは思えない。。。ので、封印耐性100%にしつつ最後の防御力100万を突破する方法を考える。やはり陣を使って抜きたいが厳しいか。

呂布ソニアで行くならば、もちろん黄昏の魔術師・チェスターが欲しいがいない。というところで、まず候補になるのがフィンや熊を入れてごまかすか。あとはリリスの光Verでもいいか。最悪は完全封印耐性ではなくても60以上ならまあ1日30分やるとすればいいか?と思うが時間効率的に80%にはしたい。フィン、リリス、パンドラかな。

参考
pd.appbank.net/kakusei/29

SE奮闘記@拡張性と短期の生産性は同居できるか?

開発の限界点…というのは、今の私が感じている限界点にすぎないと思っている。納期に間に合わすために開発をするにあたって困っていることがある。

・改変に強いWebアプリケーション(拡張性)
・すぐに作れるWebアプリケーション(短期的生産性)

言葉が正しいか自信がないが…この拡張性と短期的生産性は同居できないのではないかと思っている。拡張性を持たせるっていうことは、長期的生産性が高いということを意味する。そういうことになると、長期的生産性と短期的生産性は同時に満たせないという生産性向上の命題となる。別にこれでも構わない。

この2つは同居不可能なのではないか?という疑問があるということ。なんかこの疑問は作業を早くすれば解決するんじゃないかと思っていてSEの仕事は自分の仕事を早くすることだと思っていて深刻は深刻なんだがどこかに解決方法があるというか実は解決方法は80%くらい分かっている状態である。あとはオレの裁量(最良だと思う方法)でやればいいじゃん、という感じ。「わからない」と言っておきたいのは、もしかしたらこの世の何処かの誰かがその残された20%を補填して迷い人であるところから救い出してくれるのではないか?という淡い期待を込めて述べているくらいの感じ。感じ感じですみません。。

もちろん2つの特性が合わさった改変に強いものを一気呵成つまりすぐにつくれるのがいいにきまっているのです。改変に強いということは個々をオブジェクトに切り分けられてあって、切り離しや共通化がされているということだ。学んだことがないがrubyなどのフレームワークを使えば案外かんたんにできるかもしれないが、どうもパタン化した開発になるのではないか?という危惧があってフレームワークを学習する気になれない。それならば、オブジェクティブな開発手法をもっと素早く選択してつくっていく能力を高速化する方が早いし最終的に間違いがないと思う。

例えば、言語を変えるっていうのどうだろう。現行のシステムをすべてrubyでつくるというくらいの出来事…例えば新しいITベンチャーを0からつくってサービスもフルスクラッチするという贅沢な環境にたたされていて、Webアプリケーションはrubyで一択に絞って開発するんやー!って…んならその選択はできなくもないけれど、すべてをrubyに統一するなんて実施して生産性が上がらなかったらなんて思うと手が震えてそんなこと提案できるはずもない。ruby基地外なギークシェアハウスの住人ぐらいしかできない(偏見ですか?)やはりフレームワークを学習するという行為が愚者の余暇でしかないと思うに至るのである。

例外もあるが、Webアプリケーションは、側(HTML)の静的ページをまずつくり、つぎにPOST/INSERTをつくりデータを登録できるようにし、SELECT/VIEWでデータを取り出せるようにした後に、POST/UPDATEできるようにする。という手順で数時間で1アプリのプロトタイプをつくりつなぎあわせていくという作業が基本になる。これ自体はフレームワークを使うほどでもなく決まったテンプレでカタにはまった開発は容易。もんだいはここからスパイラルさせての本番製品を目指す時に、静的HTMLではなくすべてJavaScriptで書いとくんだった…っていう手直しするくらいなら最初にそういう設計しとけばいいと思うんだけど…それって贅沢なんだろうか。

というわけで、贅沢な悩み(ではないと思うんだけど)Webアプリケーション開発にあたって生じる贅沢な悩みということにしておきます。だいたいいまさら気がついたんだけどワンマンのプロジェクトである場合はMVCの必要もないよね。

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話は変わるけど…

スラッシュドットに聞け:ソフトウェア開発の現場で設計書は必須かby hylom
it.slashdot.jp/story/15/03/03/0423236/

ワンマンプロジェクトが多い私にとっても悩みどころだが、
これ…頭に正しい設計書があるならば、現場に設計書は必要ないと思う。
後からの改変を他人が行うにせよ常識的な設計になっているなら設計書は必要がない。

ただし、私は頭がわるいので、自分でどういう設計したのかよくわからなくなったり、
あとで補修をする時にどんな構造でどこからデータをひっぱっているのかなどなど、
ソースを見れば追えなくもないんだけどきちんとコンパクトに仕様をまとめておきたいと思う時に、
残しておくメモは必要だと思う。てか、そのメモを仕様書と呼ぶことにしている。
…とにかく仕様書はいらない派。「あれはA、あれがB、であれはこうしている」と話せる、
同レベルの仲間がいれば仕様書がいらないというか、少なくとも仕様書書くという時間は省略できる。

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で、何が言いたいのか微妙な記事になった。
私が拡張性言っているのはスケールアップのことではないので、
もっともらしい言葉が他にあると思うのだが学がないのでわからない。

静かに勉強をし直す余裕が欲しいですよ。それやったから生産性が上がるってわけでもないけどね。

純粋にコンピュータ・サイエンスをもっと学びたい。。。

儚い希望をもって、仕事を続ける日々。続。

パズドラ日記@ランクが上がれば上がるほどランクが上がりやすくなる。

ランクが230からあがり方がスムーズになり248になった気がする。

なお、まだスタミナは140である。

スタミナが150から世界が変わるとみんな言っている気がするが、
ランクあ230あたりと比べると240でもだいぶ世界が違う気がするのは私だけだろうか。

例えばだが、
スタミナが100ぐらいの時と140ぐらいだと、
星空の王を回すにしてもだいぶ回転率が異なる。

スタミナが100MAX時は、神々の王はスタミナ17消費するので、100/17=5.88つまり5回行ける。
スタミナが140MAX時は、140/17=8.23つまり8回行ける。

5回と8回の差は大きい。

仕事があって基本的にパズドラは朝と晩しかできないが、2回すべて神々の王で回転させたら、
スタミナ100MAXなら10(5*2)回だが、スタミナ140MAXなら16(8*2)回も行ける。

スタミナが1.4倍差でもダンジョン回転率/経験値は1.5倍以上の効率差が出る。
レベルが上がるほど次のレベルが上がるのに経験値が多く必要になるものの、
このあたりのランクは特にあがりにくくならず逆に回数をこなせると上がりやすく感じる。
したがってランクが上がればスタミナMAXになるのでダンジョンが回れるという好循環が起こりやすくなる。

つまり、ランクが上がれば上がるほどランクが上がりやすくなるという不思議な好循環を体感する。

こうなるとパズドラが楽しくなってくる。

パズドラ日記@半蔵難民、汝、半蔵に拘るなかれ

やっとこさランク24X台あと少しでスタミナが150を超えます。そしたら、少しは楽になるかね。
朝朝起きると、あのスタミナがたまった状態になっているっていうのがなんか損した気分になるのよね。

この前のムラコレで半蔵がひけなかったことは前の日記に書きました。
そういや半蔵難民の記事を書いたら検索エンジンからの流入が増えました。
半蔵難民の怨念がいかに強いか思い知らされました、はい。

でも5000円つぎ込んだ程度では手に入る気も起きません。
5万円つぎ込めば1つくらいは手に入ると思います。
確率的に…でも、何の保証もないが。。。
…まあ、そこまでやろうとも思わない。

パズドラはコレクション性の高いゲームであるが、
すべてのモンスターを取得するというのは難しい。
というわけでとれぬものは諦めるしかないのだろう。
もし仮にやるにせよムラコレ+闇カーニバル時に狙うのがいいと思う。
まあほんとうはネット掲示板で噂されているように「忍者の里ガチャ」を作れ!と、
運営を脅し続けることでしょうかね。
まあ、それやっちゃうと収益のトータルが下がるので、運営はやらないと思いますが。

てなわけで、ガチャやるよりも、
今ボックスにいるモンスターでいかにダンジョンを攻略するか?
あまり課金ができない難民ユーザは考えを転換しないといけません。。
人間ないものねだりをしてもしょうがないのですから。
半蔵難民の強がりだと鼻で笑いたいやつは笑えばいいが、
パンドラが流行っているとはいえ、
パンドラ&半蔵ですべてが決まるものでもない。
ちなみに、私はペルセポネもいない。
結局、貧乏人は手に入れられないものは諦めるより他にない。
そうしたほうが別の道がひらけるというものだ。

なお闇のパンドラと相性がいい課金キャラでいるのは、ハク、黒メタ、黒ヴァルくらい。
赤ソニアに+297を振りフレンドの呂布と合わせるパーティがいまのところウチの最強パ。
結局のところパンドラパはHPが低いので、+を振って底上げしないと使えない。
そうなると、あんまり課金しない私が使おうとしても道のりが長すぎるということになる。
半蔵の代わりに何度も浜姫をそだてようとしたが、
そんなことやって数ヶ月ヘタしたら1年をすぎるのをまるよりも、他にやることがあるはず…
という結論に至る。

で、今のところ一番強い赤ソニアパと、高速周回容のアテナパを育てながら、木属性のキャラを育てることをしたい。

木のカーニバルの時にたくさん引いたせいなのか、
覚えていないが火属性のキャラがあまりいないのだが、、、
なぜか木属性のキャラがわりといる。

主要な子を並べると…
スサノオ、セレス、クシナダヒメ、サスケ☓2、
ペルセウス、ヴェルダンディ、フレイア、パステト、緑カンウ☓2などなど。
あ、あとアヴァロンドレイク☓2。主属性が木じゃないが、
残念ながら緑おでんはいません。おでんが好きなのに、赤いのも青いのいません。
スサノオに食わせるための群馬の下仁田ネギぐらいしかありません。

クーフーリンやライダー。残しておいたピッコロさんや、
ナッパじゃなくて天津飯だっけ?坊主頭の。(わざと言っています、天さんすみません、どうか死なないで…)
なんかを組み込みながら面白いパーティがくめるかもしれません。
まあ、ほんとは劉備玄徳や諸葛亮孔明が欲しいですが…残念ながらおりません。
そういや、メロンドラゴンも一度も見たことがございません。いろいろといません。偏っています。

偏っているのは私の正確がパズドラのボックスにも反映しておるようです。

というわけで、半蔵難民は半蔵の未練を棄てて、
だらだらスタミナ効率のいい星空の神域でゼウスを借りながらランク250を目指します。

魔法石はなるべく貯めておこうと思います。

ノマド詐欺でもやってバカな若者から搾取するかな

ノマド詐欺でもやってバカな若者から搾取するかな...と、その前に、ノマドの本質をこれから語る私はなんてやさしい大人なのだろう(笑)。まあ、別にこの文章は若者に当てたものではなく、自分で考えを巡らせたものであるが。読者が誰かは想定していないので、駄文になることは、はじめにことわっておく。

最近、ノマドって貧乏で我儘な若者が増加することを見込んで作られた聞こえの良いバズワードなのだろうという確信を私は抱くようになってきた。まあ、そういう陰謀論はともかくノマドというバズワードが今とてもキテいるワードで、そしてこれからも使用されるワードであることは間違いないと思う。なぜならグローバル化が加速し貧富の差が激しくなり貧乏な若者(若者だけじゃない)が今以上にノマドとノマドに憧れる人が増えることは想像に難くない時代になったから。そういう時に過酷な仕事から逃げて(嘘の)自由を手に入れるノマドが一定層に受けるからである...だが、ノマドは所詮バズワードに過ぎない。商業臭さを抜いて肯定論的に用いられる言葉だけに警戒が必要である。(^^)ニコニコした顔で「ノマド」とか「ノマドワーカー」と言うている大人には注意したほうがいい。

参考:May_Romaさんによる、「お若い方、何故ノマドとかシェアハウスとか煽られてるかご存知? 」
togetter.com/li/367240

私も10代の頃に本をしっちゃかめっちゃか読んでいた時にドゥルーズのノマド論を知り、そのノマドロジーをさらに発展させていくことで脱中心化を果たそうとか、今の自分には解せないくだらないことを考えていた時期もあったのだが、、、ドゥルーズのノマド論しかりノマドはそんなに生易しいものではない。(ニューアカ世代でもないのにね)

【ノマド=自己責任の自由】

さて、まずノマドというものは自己責任である。自己責任と聞いて、あなたはなんと思うだろうか。自由に付随する責任として肯定的に受け止められる一面があるかもしれない。まあ、そうだとしたら若者らしくてちょっと危なっかしいが、応援したくならないでもない。だが、ノマドというバズワードに引っかかりやすそうな頭の悪さも感じずにはいられない。ゆえに危険だということなんだが。

私もそれを肯定的に捉えようと思っていた時期があった。今思うに、そもそも自己責任論って何って感じだ。なんでもかんでも自己責任だと言う切られる現代だが、それは実に冷たいニュアンスだと感じる人も少なくないだろう。仕事で怪我して職を失い妻子に逃げられホームレスになった人間に冷たく自己責任だと言う人に若者がわりと多かったりする(mixiニュースで経済的弱者に辛辣なことを言えるのは若年層が多いような気がする)。おそらく若者ほど自己責任を分かっていない。人は自分が思ったようになかなか生きられないのだという経験に不足しているからだろう。受験に失敗し恋愛に失敗し就活に失敗し、明るい未来なんてあるかどうかわからないのに、なぜか楽観的に若者であるということだけを理由に夢を見て殆どの人が思い描いていない生き方をして殆どの人が死ぬ。そこに自分が含まれない自信はいったいどこからくるのだろうか。

【ノマド=定住できない者に過ぎない】

ノマドは自由に振舞っているだろうか。ノマドは中央から逃避している。ノマドは時に同じ仲間と共闘する。自活をしている。だが、それは果たして現代社会において自由な存在だと言えるのだろうか。何の保険も無いし、住処も定まらない。そもそもノマド(遊牧民)が快適なはずがない。ふつうに考えればわかるはずである。

遊牧民は、定住できなかった者がなるか、家畜の餌を探して土地を探すという仕事柄の理由でなるものである。この世のほとんどの人が遊牧民でないのは、遊牧生活がそれほど快適ではないから。特定の地に定住して安定して暮らせるならばノマドという選択をする必要がない。

そもそもノマドは自由を得る手段ではない。中央から逸脱して晴れ晴れとして生きる方法ではない。職業でノマドな方が良い場合にとる選択肢であって、それ以外は定住できない弱者の生き残る過酷な方法論にすぎないのである。悪く言えば難民と言われる人とあまり変わらない。それを自ら選び取った自由などと大法螺吹いてドヤ顔するのも体外にしたほうがいい。

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行き当たりばったり感情に任せて書いたので、この文章は気が向いたらいつか清書するとして、ノマドをやったことがある私としてはなんにも快適じゃないしなんにも楽しくなかった。弱者で強がっていたがみっともないだけだった。独立を試みた時は人を気軽に呼べるオフィスが欲しくて欲しくて仕方がなかった。一人暮らしの寂しさよりもシェアハウスのほうがいいかもしれないと思ったこともあるが、よくよく考えれば知らない人と家に住んでストレスが堪らないはずもない。楽しいことしか書いていないシェアハウスのブログがあるが、悪態の多い自分が「ノマドに良いイメージ」ばかり書き綴るバイタリティがあるはずもない(苦笑)。

これから都心でも老朽化したマンションが土地代だけで安く(といっても土地は安くないが)買えるようになるので、快適なシェアハウスやデザイナーハウスにリノベートして人を住まわせるなんてことを画策している人も多いんじゃないだろうか。シェアハウスに住まわせた人に低賃金な労働をさせるシステムができたら完璧だ。そんな時に便利なのがノマドというワードだなぁwと思うのである。

更に、ちょっと問題があるバカな若者を半ば無理やり住まわせて、○○○○○な方法で損害出させて△△△△△な方法で精神病院や邪魔だったら警察に送るとか、本人へ高額貸付か親御さんに高額請求するとか、別業界とのコラボで地獄に落とすとか、すごい余裕でできそうだ。宗教者に成りたい私がいうことじゃないけど。いや、新興宗教つくるとか言うている人間だからこういうこと考えられるのか?。どうでもいいや。てか、何が言いたかったんだろというエントリーになった。

※この記事はグノシーで快適なノマドライフみたいなことを言うている同年代の阿呆を批判したかったので書いてみました。