月別アーカイブ: 2016年7月

サンタフェ

サンタのいるカフェか?

…と思ったら

アメリカの地名らしい。

17歳の宮沢りえがヘアヌード写真をとった地として、

私の上の世代には定着しているのだと思われる。

仁義にゃんこ戦い4 天海

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。

何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

鎌倉・江ノ島。

避暑に訪れていた黒猫・若頭に出会った。

身寄りもなく名前もない僕を見て、
「ぼうず、うちにくるか?」と声をかけてくれたのだった。

若頭の後ろについてきた白い猫、コトさんにあったのもその時だった。

誰が見てもコトさんと若頭はベストカップ賞だった。
オセロの駒のように相反するカラーの2人に僕には見えた。

ヤクザな世界をまったく知りもしなかったが、このまま乞食で終わる気もなかった。
…というより、乞食である自覚もなかった僕には、断る理由もなかった。

小さい声で、にゃあと返事をした。

「なんだナマエもないのか…」と黙ってしまった若頭に、
コトさんは「この風景を見て決めましょう」と助け船を出した。

江ノ島の灰色の海と曇った天(そら)を見つめていた若頭は、僕に天海(あまみ)という姓くれた。

それ以来、アマと呼ばれている。

ヘーゲルを著作の随所でキェルケゴールは真っ向から批判しているではないか

ヘーゲルを著作の随所でキェルケゴールは批判している…と言っても私が読んだのはせいぜい「あれか、これか」「死に至る病」ぐらいなもので、キェルケゴールというオトコのことをあまり知らない。

キェルケゴールは、自分が望んで若妻と婚約を結んでおいて、一方的に破棄して独身を貫く、ひとくせある孤独の哲学者だと思っている。

そのキェルケゴールについてライバルを否定することで自己を作り出したというふうに言う人がいた。

だがそれは、ヘーゲルが提唱した弁証法そのものではないか。キェルケゴールが否定したものではなかったか。ヘーゲルがテーゼで、キェルケゴールの主張がアンチテーゼで、ジンテーゼはキェルケゴール自身というわけか。これは、あんまりだ。キェルケゴールが可哀想だ。

…それを以ってして、キェルケゴールを作り出したのは知の巨人であるヘーゲルがいたからだ…テーゼあってのジンテーゼと言ったら、キェルケゴールは決して納得しないだろう。

この理由から、私は、そういう解釈(「キェルケゴールについてライバルを否定することで自己を作り出した」というの)はあんまりだと思ったのだ。

例えば、父と母を否定しているから今の私がいるのだ!などということを言うひとがいたら、父母の否定性がお前の自我を掘り出したという発言についてどう思うだろうか。たしかに好意的に意識する人間像と敵意的に意識する人間像は、意識しているという点においては同一なのかもしれないが。実は嫌いなやつがいるほど、自分というのはその概念に対して強い動機や行動を持ちうる。だから「嫌いな奴が俺を創った」俺が俺である以上は嫌いな奴が俺の中で生き続けているということなのだ。嫌いな奴だからそれから遠ざかろうとすればするほど俺は嫌いな奴とくっついていくというジレンマがある。

しかし、実存を見つめたキェルケゴールに対してそれを言うな。

実存在として自己とこの世界の結びつきに嫌いな奴は関係ないんだよ。

そして、腐れた人間関係のせいで自分が在ると思う者は一度それを捨て去って、世界と自己との関係を1から築いていく必要があるのだ。

ふと、そんなことを思った。

仁義にゃんこ戦い3 土屋

荒らされた餌場を見て熱くなり、本部事務所部屋へ勇んで飛び込んだ時、
茶虎猫はとても後悔をしていた。

でも、それはもうそれはすっかり忘れて、
他の連中よりはやく戦争の情報を得た嬉しさも肚の底からこみ上げてきていた。

幹部のサメジマに、もらい受けてしまった、
漆色の匕首をくわえ直しながら、茶虎猫は嬉しそうに鳴いた。
「いやー、やっぱ若頭は怖えええわ。なんていうか畏怖するというかw」

思い立ったらすぐに実行する行動力があり、頭の切り替えが早くてポジティブだった。

ただし、うまくいっているからいいものの、ただの幸運なバカ正直といえばそれまでかもしれない。

黄金町のはずれに住んでおり、その土地を実質的に治めている武蔵家の一員として働いていた。

若頭への直談判を止めようとしてくっついって一言も発しなかった白猫が、
まだ小柄ながらも俊敏に茶虎猫を小走りでおっかける。
「若頭に直接話に行くと言った時はびっくりしましたが、これでよかったんですかね?」

「そうに決まっていじゃん。
 佐々木組のやつらをぶちのめすのは決まっていたみたいだけどね。
 こんなカッコいい匕首ももらったし伝令も授かった。
 みんなへ明晩に開戦すると伝えたら、オレ達もすぐに準備にとりかかろう。」

「若頭のところには絶対に行ってはいけないと、コトさんに言われていましたがね。」

「なあにだいじょぶさ」とツチヤは首をたてにふった。

「オヤジさんだって、こんなことは望んでなかったはずですよ」

「水を差すなよ、天ちゃん」「すみません」

早歩きで線路沿いの小川を渡ると、武蔵家のみながたむろしている公園がある。

昨日、佐々木組に荒らされた場所でもあった。

ポータルサイトの終焉_米yahooのバイアウト

Yahooに致命傷を与えた、プラットフォームの交代
Yahooに致命傷を与えた、プラットフォームの交代

こういうポータルサイトは遅かれ早かれどこかで死ぬと思っていたが、まさかアプリごときに需要を奪われるとはという感じもする。

yahooのアプリは便利だから使っている人もおおいと思うが、そうなるとプラットフォーム上の広告ほどユーザは別手段も使うので、アクセス数がのびないのではないか。yahooに行けばすべてがそろうという強みが生かせない。ただアプリ化するとそのアプリを使用するユーザに特化した広告がだせるため、Web以上にターゲティング広告を打ちやすいという利点はあるかもしれない。

まあでもたしかにyahooのトップページはひらかない。日本のyhaooは米yahooと違って国内ではまだまだ人気であるし、強いコンテンツもあるが時間の問題な気がする。すくなくともプラットフォームとしての価値はない。それだったらLINEのほうが若い世代にはなじみ深いし(yahooが何もしなければ)ますますyahooよ洗練された便利なりプラットフォームになっていくのだろう。最近、LINE開いてないから知らないけど。

少なくとも今よりも縮小運用しながらプラットフォームとしての王者ではいられないのだからコンテンサーとしての当たりを求めなくてはいけなくなる。

結論的には、体力も金もある企業だからこれからの行動次第で結果は変わる。

新聞メディアの縮小で、これから悲惨な時代が続くと思っていたが、それより早くしぼむのはWebのプラットフォームだったというのが新しい。

ITの業界のほうがそういう意味で紙よりずっと変化が大きくて激しい。

小型の低周波マッサージ器「ドクターパット」

肩がこる。肩甲骨を寄せて猫背を改善しようとしていると首筋にどうしても力が入る。

長時間それを続けていると逆に疲れてくる。姿勢を悪くすれば方もこる。

マッサージ器が欲しいがそんなものを職場に置いておけないしな。。。

そんなときに役立ちそうなのがグットデザイン賞をとった小型の低周波マッサージ器「ドクターパット テンス」

お手軽で便利でとても気持ちいい。

場所を選ばないのがいいですね。

口コミサイトを見ても非常に評価が高いのでとても期待できます。

www.couleur-labo.co.jp/cp/drpad/

介護士に革命思想は要りません、というかただのバカ…相模原の介護施設で19人以上死亡した事件について。

障害者ら刺され19人死亡26人負傷、男逮捕 相模原

www.asahi.com/articles/ASJ7V2650J7VULOB00C.html

相模原市緑区千木良(ちぎら)の障害者施設「津久井やまゆり園」で26日未明、
刃物を持った男(植松聖)が入所者らを襲い、19人が死亡、26人がけがをした

この事件のことを聞いたとき、なんの情報もなしに私は犯人の考えのすみずみまで分かった気がした。案の定、施設の元職員で、障碍者は死んだ方が幸せだとか、国のお荷物だから殺す方が正しいとかいう、考えに囚われての犯行だった。入れ墨いれて教員できない話などもあったが、基本的に頭が悪い。ひどい思い違いをしているし、よく解釈して世の不満と理想がごちゃまぜになっている。津山三十人殺しと似ているなんてミヤネ屋が分析しているらしいが無駄な比較だと思う。

日常なんてものは、あらゆる凡人にとってさほど重要なことではない(逆もしかりで、日常ほど大切なものもない)。

えんえん生きていることについて、誰からも無価値と言われる筋合いはない。効率が重視される世の中では役立たずはゴミ以下の扱いをうけ、ましてや、生きたくもないのに延命されているのを見れば命を奪ってやるのも善意だとかいうのだろう。そこに一定数うなづく者もいるだろう。だが、そんなことは大きなお世話。生きていることが価値だと私は思わないが、仮に死ねなくて生きているものがいたとして、そこには健常者も障碍者も大差はない。

ちなみに、今後、このような事件をおこさないようにするのは非常に簡単である。それは、介護者の思想チェックを行うこと。要介護者を思いやれるのはもちろんだが、その人の日常を大切にできる考えの持ち主であること。そうでなくても、そういう思想によせていける人であること。

いくつかの記事を読む限りでは、施設の管理者がこの介護士との意思疎通ができていないような気がした。もともと革命志向があるなら、例えば介護技術の改良とかドラスティックに人の役に立つ道があるのに、ひどい思い違いをしたものだ。介護士の知人に何か物を申すと「お前に何がわかる」みたいなことを言われることもあるが、思い上がりも甚だしい。言いたかないが、分を弁えていないやつが多いから、こんなことになるんじゃないのか。

爆発した行動力がもっと他に生かせたらよかったのにね、と他人事に思う。

シュリンク型押しレザーとは

シュリンク型押しレザーとは。

shrink=縮み上がる。少なくなるという意味。なので、やわらかく「なめした皮」のこと。なめし皮。

モバイルで仕事をする人にはバックパックが便利である。

紳士なら、ナイロンもいいけどなめし皮のラグジュアリーなバックパックでキめたいですね。

麻雀を上手にする教え方と麻雀を下手にする教え方というか覚える役の順番

(1)上手にさせる人に役を覚えさせる順序

メンゼン、ピンフ

タンヤオ、チャンタ

サンショク、イーペ-コー

イッツー、ホンイツ、チンイツ…

(2)下手にさせる人に役を覚えさせる順序

ファンパイ、トイトイ、チートイ

サンアンコ、スーアンコ

サンカンツ、スーカンツ

ツーイーソー、リューイーソ、テンホー

コクシムソウ

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麻雀は絵合わせゲームである。当然ながら役がつくれる確率計算と、できた役の点数計算ができなければお話にならない。結局のところは役満の役以外のモノをすべて覚えてからがスタートになるが、覚える順番によって(その人の思考力や趣向性の問題もあるが、)うち筋の良し悪しはわけられる。基本的には面前(鳴き無し)で役をつくらせることをさせるべきだという人がいるが、その思想と本質的にはおんなじである。鳴かせない以上は、刻子がつくりにくいので必然的にピンフやタンヤオを中心にしたうち筋になるというわけ。一方で刻子から揃える方法を覚えると、そこから順子を揃える考え方へ移行できない。攻めと受けの考え方もわからない。だから、順子役から刻子役と覚えさせるべきである。

…んで、本題なんだけど、わざと嫌いな奴を下手にさせてむしり取るという意地悪い教え方をするならば、刻子でつくる絵合わせゲームだと言えばよいということにならないかと、ふと思った次第だ。麻雀は性格が悪いか良いか頭が悪いか良いか、よーくわかるゲームであるが、それは教え方にも出るなーなんて、ふと思ったのだ。

かつて私は刻子約から教えたことがあった。というのも私が刻子の集め方から自己流ではじめたからだ。チャンタ、サンアンコー、チートイツ。はじめからこれらの役を狙い時にホンイツやチンイツへ移行していた。バカでも集め方がわかるからで考えなしに運だけで麻雀が打てるわけだが、教える方が無知ならしかたないが、相手がバカでも打てるやり方として伝えるならこれは失礼なんじゃないか自分勝手なんじゃないかというふうにふと思い直して反省しているところだったりする。。。

すべての役を一気通貫で覚えられぬ人…私を含むあたまがよくない9割の人々のために、正しいうち筋を学ばせることを考えた場合は、このような正しい順番で役を覚えてもらいながら慣れてもらうのがいいはずだ、というふうに思う。

東京都知事選を勝手に予想してみた。

都知事選…なんだかんだ言って増田ひろやという人が入るのか…であれば、小池のおばちゃんのほうがおもしろいと思う。。。

民進党支持層は、半数が鳥越に入れるというデータもある。

以外にあなどれないのではないか。

勝手に頭の中で算出したオッズ比はこんな感じかな。

増田:3.8
小池:4.7
鳥越:9.2

鳥越はメディアが支持しているがネットでは散々とのことだが、舛添だってネットで散々だがぶっちぎりで当選したんだから、わからないぞ。

ネットの声なんてまだまだ国民全体からしたら少数だ。