月別アーカイブ: 2016年10月

こうして私は不動産オーナーになりました!

>こうして私は不動産オーナーになりました!

話を聞いてみたらただサラリーマンが低金利時代にローン組んで物件を買うという話だったり…

>幸せ大家セミナー!!誰でも月収+50万

話を聞いてみたら地主の息子とかだったり…。

夢は転がっているかもしれないが、誰かが転がしておくものじゃあないよね。

金持ち父さんと貧乏父さんと不動産投資と投資の危険性とか

私か私より少し上の世代、30代、40代と、わりと若い世代で、親類とかの影響ではなく、

不動産投資に興味がある人が読んでいる本と言えば、たぶん、ロバート・キヨサキの「金持ち父さん、貧乏父さん」があげられるでしょう。

わたしもやってしまいがちですが、

不動産投資は危険かそれとも危険じゃないか、という二元論で投資を考えがちです。

答えは言わずもがな。

知識がないなら危険です。

不動産投資が危険なのではなく、知識/情報がなければ、投資は危険なのです。

色々と考えた結果、それだけだと思った。。

自分で勉強して危険性も理解しているから安全だなんてこともやはりない。

ぼく勉強しているから大丈夫、っていうから話を聞いてみたら本を数冊読んだだけだったりするにわか結構いる。

てか、すげー勉強している人って、私の前にだいたい現れません。そういう人には、

身銭を払って、どっかのパーティ会場とかね、不動産セミナー言って、

利害関係のない金持ちそうなおじさんに声かけるとかね、人脈がない私には、そういう方法で会うしかない。。

どうしょうもない人だと、なんだ、それならオレと同じくらいだとか、すぐに書店に行って何冊か本を読めば追いつけるじゃないかとびっくりする。。

リスク分析して投資成果が測れないなら、勉強していないのと一緒じゃないかとすら思う。。

その分野で投資のプロさえ損失を出している状況で、個人投資家が成果を出すにはどうするか。

プロでも失敗しているのだから難しいとまず思う。それでもそのフィールドで戦うならば、プロと同等の情報をもってはじめて可能になる。

個人だからできる投資を考えてみるなどの別ルートを探すしかない。

投資は無知なら危険。

入門書をいくつか読んだから投資をやってみます。

↑こういう人は100%失敗しますね。無知だもの。

87歳で軽トラを夜通し運転しないといけないことのほうが

>10月27日に、家族に「ごみを捨ててくる」と言って自宅を出てから、
>神奈川県内と県外を走行してから、事故現場に到達したようです。
>そして、現場付近には、蛇行した跡が残されていたようです。

【合田政市】横浜市立桜岡小学校の田代優くんをはねた爺さんは認知症のフリか?港南区大久保の悲劇。
jikennblog.seesaa.net/article/godamasaichi.html

このおじいさん、軽トラでなにやっているんでしょう。

仕事なのか、ただの認知症なのか、わかりませんが、仕事ならこの年で夜通し運転するのはどうかと思います。

世間的には免許証を与えていることが焦点になっていますが、
これからもっと2050年までは高齢者が増え続ける。かといって生活の足だから運転するなとも言えないが、
なんらかのはやめの対策が必要だと思います。すぐにいい案は思いつかないけど、。

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(食紀行)顔は怖いが、身はふんわり ウツボ@熊本県天草市
www.asahi.com/articles/ASJBV6DC0JBVTLVB00Q.html?iref=com_fbox_u02

うつぼ、おいしいらしい。

食べてみたい。

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【今注目の美少女】森川葵の可愛さに癒される!主な出演作まとめ
laughy.jp/1432262787513120909

森川葵の顔が変わりすぎ!坊主の理由と知念侑李、千葉雄大?卒アル画像

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伊藤 千晃 (AAA)
www.instagram.com/kikichiaki/?hl=ja

リンクとは関係ない話題ですが…

googleの検索って、
SEO対策済のサイトしか出てこないからイケてないよね、
ということが言われているようだ。

私としてはなかなか衝撃的な言葉である。

Webアプリケーション屋としては、
常にGoogleを意識せざるを得なかったが、
もうそれは過去のものになっている。

Googleにぜひとも死んでもらいたい人はIT業界にはたくさんいるけど、
その流れはもっともっと加速してプラットフォーム合戦が繰り広げられるのだろう。

FacebookもInstagramもLINEも主流ではない。

いいや、もう主流は何かという時代じゃなくて、
個別ユーザにベストのアプリが提供できればいいのだ。

まさにインターネットに中央はないということが、実現されてきた。

ユーザにとってはわかりやすいが、ビジネスをするほうは、そのプラットフォームの特性をうまくつかんで、
大きなチャンスを得るというよりは、小さいチャンスを取りこぼさないほうが、重要になっている気がする。

無数のコミュニティが線でつなげられているだけで、中央にこだわる時代ではなくなってきている。

これは、変化として、望ましいと思う。

マンション、特に中古マンションで重要なのは管理体制

人間も同じ30代でも年より老けて見えて今にも成人病で死にそうな人もいれば50代でキラキラしている人もいる。

表面的に美しいだけの人もいれば、内面から健康的な人もいる。

不動産も考えてみれば同じで、いかに管理されてきたかということやこれから管理されていくかが重要になる。

日本の中古マンションは、修繕積立金が不足しており、無駄な工事をやっていることもしばしばあり、無駄に管理費が支払われていて本当は20%近く削減できるらしい。

いくら修繕費が高くても、すべき修繕をせずにしていたらダメだし、見た目上の修繕費が安いのは、その場限りの対処療法でしのいできただけなのかもしれない。

そんな中古マンション物件が優良な物件であるはずもない。

不動産にかぎらず当たり前な話なのだが、しかるべきコストを支払い、しかるべき修繕を行う。

あたりまえなことなのだが、そのあたりまえができていないのが日本のマンションらしい。

私の知り合いにもマンションだけは絶対にダメだよという人がいる。

なぜかと聞くと、その人は土地がないからと言っていたが、それ以外にも私はあると思う。

トラブルリスクが一軒家よりあきらかに大きい。

例えば自分で愉快犯を演じてみればいい。

10階建ての分譲マンションの10階を買って、まずは排水溝をつまらせて水道の蛇口をMAXひねって、ガソリンを撒いて火を放ち飛び降り自殺してみよう。

火は消しとめられても火事があったマンションなんて、そこと関係ない階であっても購入したいと思うだろうか?

この時点で物件全体の価値がなくなる。

また床に防水機能があるところもあるかもしれないが、普通に下の階に侵水してマンションがだめになる。

上の階の人間や保険屋やら管理組合と揉めて、いったい誰が直すんだ!なんていう人間トラブルにもなる。

修繕積立金を使うなら1階の人間が費用を負担することになる。たった一人のキチガイのために費用を支払うなんてとてもばかばかしい。

そんでもって、そんな自殺者が出たらメディアにのるから、大島テルとかに公開されたら最悪だ!

大島テル
www.oshimaland.co.jp/

隣人の音が聞こえないなら何しててもOK、なんていうことは、想像力を膨らませれば、とてもじゃ言えぬのが集合住宅ではないだろうか?

住宅の物理的耐用年数と経済的耐用年数

住宅には耐用年数(物理的耐用年数)のほかに、経済的耐用年数というものがある。売却または賃貸する時に、その構造で価値があるか等の指標になるもの。感覚としては、この古臭い家では誰もすまないなとか。こんな広いファミリー物件は必要とされなくなる時代がくるなとか。わかっていることだけど、指標値として経済的価値を意識するうえで、必要なのが経済的耐用年数である。

東京マラソンまた落ちた。

東京マラソン2017の今年の倍率は12倍以上だそうだ。

抽選にまた落ちた。都民になって、応募し忘れた時もあるが、5回以上は軽く落ちている。

年々1倍ずつ増えている傾向があるので、一生に1回走れればいいやという感じでしたが、
このままいくと一生走れない可能性も十分にありますね。。。

このままいくと、、、2020年で15倍、2030年で25倍、2040年で35倍???

少子高齢化で人口が減っているというのに、都心は人口が増えているからしかたがない?

それとも、暇人が増えたのか?

残念、一安心。

賃貸VS持家についてのメモ

「賃貸に住み続けるのはお金をドブに捨てるようなもの、30年前後で資産になる家を買った方がいい」

都内でばか高い家賃にヒーヒー言っているなら、
小さい家でもローン組んで買った方がいいのではないかと思ったりもするのもわかるが、
金利も多く価値のない家に縛られるくらいならばドブに捨てているほうがいいのかもしれない。

住宅としての資産と「ローンもドブに捨てているようなもの」という事実にも目を向けないといけない。

…てか、よく考えたらSE仕事が続けられるのかもよくわからない。。

まずこれだけ厳しい時代なのに公務員でないのに家なんて買ってられないのでは。

結婚や子供だってあきらめる人が多い時代だというのに。

なんかあったら家を処分して生活保護…じゃないけど、都落ちすればいい、なんとかなる、国がどうにかしてくれる、
という考え方で生きるというのも1つの選択だと思うしそういう考え方の人もいて、
それはそれで強かなのかもしれないと思う一方、そういうのはどうなんだろう。

所有していたものを失うという点では喪失感が大きくないだろうか?と思ってしまうのだが。

むかし豪邸いま生活保護…それで物欲に興味なし。

モノより重要なのは、ココロです、なんて言っている人は、もしかしたら本当の意味で悟った人なのかも?なんて思ったりもするのだけど。

※極端に生きてて心穏やかでいられるというか幸福ならそういう選択もあり。

自分が見たい正解が見える

具体的には書かないのですが、

ある問題Aの正解が、

1でもあり、2でもあり、3でもあり、

また、1,2,3でもあり、また同時に、1,2,3、ではない時があるのです。

なんのことを言っているのかほとんどの読者がピンとこないと思いますが、
例えば「人生とはなにか?」という問いは、人により答えが違います。

問題Aとは、そういう問題だと思ってくれればいい。

人生について、くだらない人生だと言うひともいれば、すべてに満足した人生だという人もいる。

途中で生きるのが苦痛で自殺する人もいれば、たくさんの家族に看取られて幸せな大往生する人もいる。

この問題Aは、そう思いたい人が正解を選べる問題です。

不幸にも幸福にもなれる問題Aがなかなかこの世には多いのだと、最近、改めてよく思ったりするのです。

問題Aに対して、正解とか正しさは無意味です。

選びとった答えがその人にとっての正解となってしまうからです。

幸福実現党にクレーム入れ続けているんだけど、

幸福実現党にクレームを入れ続けているんだけど、

なんの音沙汰もないので寂しいです。

公職選挙法違反だとか言われるのかもしれませんが、

市民には演説を聞きたくない権利もあると思うのです。

そんなことを考えたり動いてみたりすることが、間違いなのでしょうか。

そんなことはないと思います。