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ディープランニングを利用した出会い系マッチングサービス

てっとりばやくマネタイズするのに適しているサービスは、
けしてどの時代どの年代にあってもあり続けること…人との出会いに関するサービスではないでしょうか。てなことで以前にも友人と議論しましたが出会い系サービスについてちょいと考えているインターネットとは情報をやりとりする道具なわけで、まあつまりコミュニケーションのためのツールというふうに限定すれば、誰でもつなげるネットワークは、必然的に人との出会いが誘発するわけで、つまり、インターネットは出会い系と等しいとも言えるわけです。

前から知っていたことですが、ネットビジネスに関する法律についても調べてきた。以前にSNS事業をしていたときから知っていましたが、匿名掲示板は誰もがしていいのですが、1体1で通信ができるという状態を作り出すSNSのメッセージ機能だったり、出会い系でのサービスは総務省への届け出がひつようになるのです。別に法人というくくりはないかと思いますが、有料サービスである時点で特定商取引法もからみます。てなわけで普通に考えて会社を設立するのが信用の面でもよいと思う。

人と人のマッチングにおいて、例えばオーネットの結婚相談所のシステムとかありますが、あれがどれほどのアルゴリズムかわかっていませんが、少なくとも厳密に出会いたい人のパラメータっていうのはもっと細かいミクロにまで鑑みないといけないと思うんですが…それをやっているマッチングアルゴリズムって世の中にないと思うんですよね。

たとえば、ボーリングのスコアがアベレージ50だけど、ボーリングが好きな人と出会いたいって…どうやって出会えばいいんでしょうか?通常の出会い系やSNSでは、まずそんな情報を登録している人がいないのでマッチングアルゴリズムが意味がなさないですね。てなわけで、しっかりした個人の情報定義をするベースのプロフィール情報が必要になるわけです。それを踏まえた上でマッチングアルゴリズムを動作させてマッチングすれば、出会いの制度が高まると思うのです。そういう意味でまだ調査していませんが、私が構想してるタイプの出会い系サービスはないはずです。たぶんLinkedinとかの模倣で海外にはあるかもしれませんけどね。。

まあでも人と人が出会う前にあまり情報を相手に与えすぎていても、面白くないのであくまで数値化して目安にしかならないようにするバランスも大切ですが、そうしていままでになかった出会いマッチング指標をユーザに提供できる出会い系サービスがあれば、男女の恋愛のみならず、ビジネスや友人の作成という広い横のつながりの出会いを誘発するサービスにできます。また、趣味趣向を深く定義できることで、その制度は高まるでしょう。LGBTといった多種多様な人々のニーズもアンマッチにならないはずです。

今私が懸念していることはw,出会い系に登録するような人間は、リテラシーが高いいわゆる頭がいい層もいますが、リテラシーが低い売春思考の女やDQNも多くいるということで、その手の人がプロフィールをきっちり設定するだろうか?と思うわけで、それをいかに登録させるかが重要課題。

プロフィールを完成させるとポイントが手に入るなどのプロフィール作成意欲が湧く施策が必要。逆に期待としては、リテラシーが高いIQが高い人ほどマッチングアルゴリズムのさわりを理解してプロフィールを定義することを適切に行う=同一レベルの知能が高いパートナーと出会えるということにもなる。(詳しく調べていませんが、心理学的に同一レベルの知能である恋人や友人でないと、人間関係がうまくいかないと思います)

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で、この出会い系がうまくいったら、もっと面白いことができる。出会い系でセフレさがす不倫をする40代30代の男性であればエグゼクティブクラスです。その人は転職市場で最も高い価値がある。その人の個人情報がごまんとつまったDBを喉から手が出るほどほしい人材紹介業者なんていくらでもある。まあ、これは1つの例で、そこまでうまくいきませんが、個人のプライベートな情報がぎっしりつまったDBができあがったら、企業売却して終わり。

ビットコインとRSA暗号方式について

クレジットカードを暗号化してインターネットで安全にやりとりする暗号化の仕組みも、ビットコインが増え続けてインフレしないことの担保も、ランサムウエアがファイルを人質に取って修復できないようにすることも、もとをただせば、巨大な数の素因数分解には時間がかかるという数学的なアルゴリズムの発想と言うか発明で成り立っています。

詐欺暴き事業があるそーで

ネットビジネスという言葉を、私は胡散臭いと思っている。

まあでも、WEBアプリケーションエンジニアの私だって、一種のネットビジネスであるのだが、世間的なネットビジネスの定義には含まれていないだろう。自分の時間を切り売りしているところもあるから、わりと労働として定義しやすいのかもしれない。実際にキーボード叩いているエンジニアで、自分を詐欺だと思っているやつは皆無だ。まあしかし、ちょいとデザインを変えて横展開し売り抜けるなんてことを平気でやってのけるわけで、結局はITのサービスに正しい値段(適正価格)なんかないに等しいし、インフォプレナーなんて言っている人を結局は笑えないのかもしれない。

しかし、モノの価値は確かに人によって違うのだから言い値で買う人がいるなら売れば良いのだが、私の基準で値段が乖離しているものを売りたくない気持ちもやはりある。価値がないものを売っていたら、普通に良心があるやつは心が痛むだろう。

…てなわけで、SMCを調べていて、おもしろい硬派なお兄ちゃんを見つけた。平成元年生まれのこの時28歳らしいが、、こういう人おれ好きだなw自分の性格悪そうなところなんて隠せないから、もうこういうキャラで行こうという感じが。

元国税局っていうのは単純にすごいと思う。

「俺も詐欺師だけど、こういう詐欺師がいるんだよ」

そうか、詐欺と開き直ってやるというのはさすがの私も気が付かなんだw

詐欺師は多いけど、僕は詐欺師じゃないんです…って言っちゃだめなんです。商品を買う側からしたら、目の前にいる私はかつて会った詐欺師となんら姿格好売り文句かわらないのです。だったら、はじめから開き直るがよい。

インフォトップにならんでいる商材見ても、ほとんどが詐欺なんだけどw、タイトルを見ても、どれがどういう詐欺要素が含まれているか、メール登録しないとわからなかったり、商品買わないとわからないものがあるのだが、そのへんを少し明るみにしていこうと思っている。たぶんそのラインっていうのは、もう少ししたら見えてくる。。。

SMC(SugerMoonCity) の詐欺商材

こんにちは黒猫です。

最近、私のツイッターの本垢にせよ複垢にせよ、やたら名言をハッシュタグ付きでバシバシ流してくる輩がフォローしてきます。

そのうちの1つと、話しかけてきたやつがいたので連絡をとってみたところ…まあ会ってお茶しようという話になったのです。

仕事もやめるので、まあいいかなと思ったのですがね…で、まあ色々とその人の書き込みや資料から類推するに1つの団体に行き当たりました。

SMC(SugerMoonCity)
www.sugarmooncity.jp/

自称WEBコンサルタントに、入会金32万の団体へと勧誘されるみたいですな。

ああ、これはダメなやつだわw…てか、だいたい仕組みが分かっちまった。ネット系のビジネス法務やコピーライティングの方法論はたぶん学べるんでしょう。

自分で勉強ができない無知な3流大学の人には、たしかに勉強になるセミナーっぽいので、どうぞ染まってきてくださいな。

高い授業料にはなりますがw

ランキングオークションの原理

なんという名称を使えばいいのか分からないが、すごいシステムだと思ったのでメモしておく。

1番にお金をつぎ込んだ人がA賞
2番にお金をつぎ込んだ人がC賞
3番にお金をつぎ込んだ人がB賞
4番にお金をつぎ込んだ人がD賞
5番にお金をつぎ込んだ人は何も賞がもらえない。

賞の価値はA>B>C>Dである。

いくら支払ったかはその時点では伏せられており、開示だけが同時に行うことを指定回数だけ繰り返す。

ここでは、その指定回数を30回としよう。

1回目のベット→1回目の開示→2回目のベット→2回目の開示…30回目のベット→30回目の開示という要領。

問題が破たんした?

自我という病

自我は強めるべきか弱めるべきかという議論があるが、わたしは極力弱めるべきだと言う観点を持つ、というよりか、

自我というものは、他者との関係で築かれる一種の幻想なのである、というところまで割り切っている。

まあ、これは、よくある話であるが、他者が在らずして自我もないということだ。

自分とは他人が作り出した錯覚である、と言えば極端だと思われるかもしれないが、実際にそういうものだ。

心を媒介し、他人が与えた情報をもとに再構成された、何かを私たちは「自分」と呼ぶ。

他社の像を見て自分の心が勝手に作り出した、自分が作り出したわけではない概念である、自我。

これを強めるも弱めるもないではない。

しかし、困ったことに社会においてはこの自我をぶつけ合うことで社会が成立している側面もあるので、

単純に、無くせば何か解決するわけでもない。その錯覚をうまく使って物事がうまく進むこともある。

ただし、やはりどこまで言っても幻想は幻想なので、これに少なくとも自分自身は誑かされてはダメである。

こんなものを本気にしだす理由は何にもない。

ワンワン消えろ

Eテレのいないいないばあっ!のわんわん消えてください。

このまちだいすきの俳優でチョーさんであるとかいうマメどうでもよい。

…というかあの番組の作り方自体に問題があります。

パロディが多すぎます。

子供番組にパロディを出すの反対です。

子供はパロであることを理解できず受容するからです。

スタンダードな軸があって、パロディは楽しむものなのですから、まず時代に合ったスタンダードなものを提供すべきです。

旦那がプー太郎になりました。

うちの旦那が20年近く務めた会社をクビになりました。

中小企業なので退職金もありません。

会社にポイと捨てられました。

もともと有能ではないと思っていましたが、こうもあっさりと会社を首になるなんてと、驚きを隠せません。

まあでも、旦那も気の毒であるとは思います。

少ない稼ぎであるとはいえ私と子供1人を養ってきてもらいましたし感謝はしています。

でも、腐れ縁だとは思って溜飲を下げてきましたけども、

家政婦のように言い立てられて家事を少しでもおろそかにすると怖い顔(というより見るに堪えない顔)をします。

参考
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13115516138

子供が可哀想という言い方

親がエリートで幼少期からのスパルタ教育をされている。

子供が可哀想だ。

鈴木おさむと大嶋美幸の間に生まれた子の名前は笑副くんというらしい。

子供が可哀想だ。

駅で子どもが泣いているが親はお構いなしに携帯電話でお喋りしている。

子供が可哀想だ。

兵庫県愛媛市のわんずまざー保育園の子供たちの給食が少なすぎる。

news.livedoor.com/article/detail/12828953/

子供が可哀想だ…まあ、これは間違いなく子供が可哀想に違いない気がする。

ただ、名前がDQNネームであるとか、親がエリートすぎて教育が熾烈であるとか、逆に、親がバカすぎて教育がずさんで将来展望が見られない。

そういう時に、自分目線で「子供が可哀想だ」と言うことの妥当性っていったいなんだろうか?

変わった名前でも親から授けられた名前として気に入っているのかもしれないし、

厳しい教育をされたからこそ今の自分があるのだと感謝する子もあるかもしれない、

いくらバカな親で自分を不幸にした張本人であるかもれいないが愛してくれた世界でたった一人の親であると思えるかもしれない。

そういう子供たちに、「子供が可哀想だ」と簡単に言ってのけるのは、なんだかずいぶん主観的でいい加減な発言じゃないかと思うのである。