日別アーカイブ: 2017年7月9日

目的と手段が食い違う、ミスマッチ

例えば「ある会社に自分の力を役に立てたい」と思って入社したAさんがいたとする。

会社側が「こいつは能力がないがやる気はあるのでゼロから育てよう」と思っていたらどうでしょう。

なんだか双方が合意の上で労使関係を結べているかと言えばそうではない。

すでに意識が不一致です。この関係性はおそらく、お互いに不和を生むだけになる。

20代のころに就活していて、ずっとそういう感じだった。

自分に少しは自信があったせいもあるが、相手はこちらの希望なんてきいていた例がなかった。

そもそも会社に希望を持つこと自体が馬鹿である若者だというふうに一蹴されちゃうかもしれないが。できのいい大人たちは言うだろう。みんな企業に合わせて年をとってから実現してきたと。若者は我慢が足りんと自分を肯定して喝破するだろう(呆れ)

私が入社を断ってきた企業も含めて、転職市場にはこの手のミスマッチがごまんとある気がしてなりませんが、これが最終的な不和になるとおもうのでやっぱり若者はもっと徹底するべきではないか。

自分も20代で若者と見られるから、なんだか相手が望むものが違う気がしていたが、自分が合わせないといけないと思って心を偽ってきた。

年齢相応に振る舞うべきであると言う格言にしたがって、世に合わせてきたわけですが、よくよく考えると自分を殺して相手に迷惑をかけているにすぎないと思うようになった。

いわゆる私と同じことを思う人は、いいか悪いかは別にしてプライドが表に出るタイプ。能力があれば出世するかもしれませんが、能力が無いというか会社が必要としない人であれば職を転々とすることになる。それを殺して何か意味があるのか。私はプライドが高い弱者が好きです。

例えば「プログラミングを学びたい」という子供がいたとする。「将来にSEになりたいからです」と答える人と「起業してビルゲイツみたいな金持ちになりたい」「問題を解く道具として活用したい」などと答える人がいる。学ぶにあたってどんな動機があってもいいと思いますが、おそらく前者は何か勘違いしているでしょう。「法律屋になりたくて弁護士資格を得たい」と言っているようなものです。実はそれ手段であって理由ではありませんてことが、当人はわかっているんだろうか?別に誤解ないように言っておくと「女一人で生きていくのに儲からないとはいえ士業になりたい」と言って優秀な人もいます。

しかし、彼らにとっては職業が問題解決の手段ではなくて生活するための手段なのです。

法律を駆使するのはプログラミングと同様、生きていく手段である以前にある問題に対する手段のはずですが…一時期「公務員になりたい」と言っている小学生に対して「それは親の願望でしょう」と周りの親が呆れはするものの不況でリストラにあうならそれはもっともだと思われていた。

まあそれはともかく、「なぜその職能を身につけたのか?」を聞いて大別すると2種類の答えが返ってくる。

職能を生活の手段するか、職能を問題に対する手段にするか、わかれます。

決定的な違いはないのだが、私は後者の回答であるべきだと思います…というか、端的に、前者はサラリーマンが向いていますが、後者は独立タイプの人間だと思いますし、後者の方が強い自分なりの意思を持っているように思います。極論を言えば、生活第一主義者のプロフェッショナルという時点でそれはプロフェッショナルなのだろうかといういう疑いを持ちます。

もちろん、誤解をなくすために言えば、生活のための手段であっても優秀な人間はいるわけですので、個人的な願望も含めて私は主張しています。

法律屋であるなら「弱者救済のために法律を学ぶのだ」とか「社会悪を無くすためだ」とか「親が法律問題で困っていたのを幼い時に目にしていて、それを敏腕の弁護士が解決してくれたから」とかいう動機のほうがずっと大切なのではないだろうか?

この手の職能選択における理由のミスマッチは、誰も不幸にならないので無視されがちですが、本来は看過してはいけないのではないだろうか?

p.s.

では、プログラミングを学ぶという手段について考えた場合はどうなるか?

心理学馬鹿

某SNSでもある人と喧嘩してきました…

もともと周辺整理したい私として彼と目的が違いすぎたと結論づけ、

一方的に集団から離反したのですが…なんだか私が悪い人扱いにされる。

集団から離れる人をなぜ集団はそんなに悪く言うのでしょうか。

長い付き合いの人と別れるのは辛いというのはわかりますが、

それが関係しているのか関係していないのかいざ知らないことですが、離反という行為そのものを怒りだす人がいます。

つまるところ、ヒーロー映画やSF映画で言うところの「組織の裏切り者」的な配役にされるのはなぜでしょう?

たぶんですが、心が1つだと思っていたのに、そうではない=裏切られたという理屈になるのでしょう。

そういう人は往々にして、人の心を読めるものだと勘違いしているし、それが度を過ぎて本人ではわからないところで、

人を支配しているし、その支配は一歩間違えれば、依存関係にあるのだと私は推測します。

安定状態の関係性を集団から切る場合はなんともしらじらしいのに、一個人が独立して行動すると非難されると言うのは、

前々からおかしいことだと思っていましたが、いよいよおかしいなぁと思い始めてきた。

結論:相手がどうやら自分が望む関係ではないことが分かったら、私はその時点で相手との関係を切るべきだと思う。

パーティで良い感じになった男がヤリ目的だと分かったら時点ですぐわかれるみたいなことがその人間関係が恋愛だとすぐできるのに、労使関係だとそれができなくなる不便さを許容しない社会に辟易する。

自信過剰な人はみな問題

自分ができると思っている…自己肯定感というものは人間にとって大切なことだと思いますが、

それが過ぎればだいたい害悪だと思います。

往々にして権力を持つものは謙虚でなければならないと思います。

実際に権力を持つものが謙虚さを失い自分を自慢するようになったら権力を持つものが失脚するわけですが、

その前段階としてその配下にいるものが離反なりたてつくということが原因です。

つまるところ、おごりはだいたい下位のものどもにストレスを与えることに他ならないわけです。

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誤解とは何をどう誤解を与えたのか説明できなければならない。

【自衛隊発言】稲田防衛相「誤解!誤解なんです!誤解!ゴカイ!!」 会見で「誤解」を35回連発
blog.esuteru.com/archives/20015585.html

右翼のおじいちゃんに持ち上げられたおばさんほんと防衛大臣というか政治家に向いてないのでやめて欲しい。

鳥山明先生「30年も続くと知っていたらドラクエの仕事を受けてなかった。騙し騙し描いてる状況」
blog.esuteru.com/archives/20007295.html

そりゃそうだ。

プレーヤーはみんなわかっている。

…というかギャグ漫画家なのだが。

いい加減、解放してあげればいいのに。

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