日別アーカイブ: 2017年7月15日

ランキングオークションの原理

なんという名称を使えばいいのか分からないが、すごいシステムだと思ったのでメモしておく。

1番にお金をつぎ込んだ人がA賞
2番にお金をつぎ込んだ人がC賞
3番にお金をつぎ込んだ人がB賞
4番にお金をつぎ込んだ人がD賞
5番にお金をつぎ込んだ人は何も賞がもらえない。

賞の価値はA>B>C>Dである。

いくら支払ったかはその時点では伏せられており、開示だけが同時に行うことを指定回数だけ繰り返す。

ここでは、その指定回数を30回としよう。

1回目のベット→1回目の開示→2回目のベット→2回目の開示…30回目のベット→30回目の開示という要領。

問題が破たんした?

自我という病

自我は強めるべきか弱めるべきかという議論があるが、わたしは極力弱めるべきだと言う観点を持つ、というよりか、

自我というものは、他者との関係で築かれる一種の幻想なのである、というところまで割り切っている。

まあ、これは、よくある話であるが、他者が在らずして自我もないということだ。

自分とは他人が作り出した錯覚である、と言えば極端だと思われるかもしれないが、実際にそういうものだ。

心を媒介し、他人が与えた情報をもとに再構成された、何かを私たちは「自分」と呼ぶ。

他社の像を見て自分の心が勝手に作り出した、自分が作り出したわけではない概念である、自我。

これを強めるも弱めるもないではない。

しかし、困ったことに社会においてはこの自我をぶつけ合うことで社会が成立している側面もあるので、

単純に、無くせば何か解決するわけでもない。その錯覚をうまく使って物事がうまく進むこともある。

ただし、やはりどこまで言っても幻想は幻想なので、これに少なくとも自分自身は誑かされてはダメである。

こんなものを本気にしだす理由は何にもない。

ワンワン消えろ

Eテレのいないいないばあっ!のわんわん消えてください。

このまちだいすきの俳優でチョーさんであるとかいうマメどうでもよい。

…というかあの番組の作り方自体に問題があります。

パロディが多すぎます。

子供番組にパロディを出すの反対です。

子供はパロであることを理解できず受容するからです。

スタンダードな軸があって、パロディは楽しむものなのですから、まず時代に合ったスタンダードなものを提供すべきです。

旦那がプー太郎になりました。

うちの旦那が20年近く務めた会社をクビになりました。

中小企業なので退職金もありません。

会社にポイと捨てられました。

もともと有能ではないと思っていましたが、こうもあっさりと会社を首になるなんてと、驚きを隠せません。

まあでも、旦那も気の毒であるとは思います。

少ない稼ぎであるとはいえ私と子供1人を養ってきてもらいましたし感謝はしています。

でも、腐れ縁だとは思って溜飲を下げてきましたけども、

家政婦のように言い立てられて家事を少しでもおろそかにすると怖い顔(というより見るに堪えない顔)をします。

参考
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13115516138

子供が可哀想という言い方

親がエリートで幼少期からのスパルタ教育をされている。

子供が可哀想だ。

鈴木おさむと大嶋美幸の間に生まれた子の名前は笑副くんというらしい。

子供が可哀想だ。

駅で子どもが泣いているが親はお構いなしに携帯電話でお喋りしている。

子供が可哀想だ。

兵庫県愛媛市のわんずまざー保育園の子供たちの給食が少なすぎる。

news.livedoor.com/article/detail/12828953/

子供が可哀想だ…まあ、これは間違いなく子供が可哀想に違いない気がする。

ただ、名前がDQNネームであるとか、親がエリートすぎて教育が熾烈であるとか、逆に、親がバカすぎて教育がずさんで将来展望が見られない。

そういう時に、自分目線で「子供が可哀想だ」と言うことの妥当性っていったいなんだろうか?

変わった名前でも親から授けられた名前として気に入っているのかもしれないし、

厳しい教育をされたからこそ今の自分があるのだと感謝する子もあるかもしれない、

いくらバカな親で自分を不幸にした張本人であるかもれいないが愛してくれた世界でたった一人の親であると思えるかもしれない。

そういう子供たちに、「子供が可哀想だ」と簡単に言ってのけるのは、なんだかずいぶん主観的でいい加減な発言じゃないかと思うのである。

KOF

KOF98アプリをやっています。

最近の鯖でアリーナのランク10位以内をキープし続けるのが当面の目標。

やはり流行っているゲームには理由があって、なかなかゲームバランスが絶妙です。

戦争ゲー艦隊ゲーで中華のゲームもあり、それも少しやっていましたが、それと比べても秀逸なバランスだと思います。

海外スマホゲーやっていた人からすると、別に真新しくもないのですが、やり出すと止まらぬという中毒性が高い。

また、KOFに思い入れが少しあるというのも、自分のモチベがあがる理由でもあるのかもしれませんが、結局それも導入に過ぎない感じです。

基本的に対人戦で、ステ振りの配分率や組み換えで結果が異なるところが麻雀に似ている気がします。

1日に限りある資源でどこまで周囲メンバより1歩上に出るということが常に試されているという熾烈極まりない。

こんなものは無課金にてマイペースで楽しめばいいのだという思想でスマホゲーをやる人が多い中で、
今回はそのぬるま湯から脱してサークル会長として取り組んでみることにして色々見えてきたことがある。

そういえば、数日前にもyahooトピックにあがりましたがクウラのガチャで出てくる確率が3%と表記してあったが、
実際には抽選になった時の排出率が3%なので、100回ひいて3回出るというわけではないからということですが、、、
んー。そんな確率でレアキャラだから出るものじゃあないので、ちょっとしたミスだろうと思うのですが、

アプリゲーの陰謀?をぶち壊す探偵ブロガー、切り込み隊長のやまもといちろうあたりが、KOFを運営している。

相手が怒っている時も自分が怒っている時も、それはそれで正解なのだ

すべての怒りは誤解から生じるのだ…という考え方がある。

犬養毅が若い海軍将校に「話せばわかる」と言ったのは、
きちんと説明すれば心荒ぶる若い将校にも伝わるはずだ…つまり、
誤解を理解に変化させることで気持ちが収まるだろうと思っていたのだ。

これが刺されて流血しながら死に至る直前に言ったというのだから、とても驚きである。

しっかり腰を据えて話したことで、青年将校が「了解」すれば、怒りは消し飛ぶはずである。

…そうすれば、青年将校の「怒り」はやはり誤っていたことになるのだろうか?

相手が怒っている事実は消せないわけで、
証明

傘の柄が

フォークランド諸島のハッピーフィート|地雷の上でタップダンスをするペンギン

今から35年くらい前にフォークランド戦争があった。

イギリスとアルゼンチンが戦争した。

最終的にイギリスが勝ちフォークランドがイギリスのものになった戦争であるが、両軍は島に沢山さんの地雷を埋め込んだ。今もなお、その地雷処理が対人地雷禁止条約(オタワ条約)で義務付けられているが、生態系を崩すとか費用の問題があるようで遅々として進んでいないらしい。

なお、フォークランドのペンギンにとっては地雷原は聖地になっている。

ペンギンは軽いので踏んでも地雷を踏んでも爆発しないらしい。

ペンギンは皮下脂肪がたくさん含まれており、よく燃えるし捕まえるのも楽なため、むかしは薪代わりに使われたらしく捕鯨時代に1000万いたペンギンが500万ほどに減ったという。

ペンギンオイルとは?! じつは可愛がられてなかったペンギンの知られざる過去
dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2016012800046.html

マインドフルネスを身に着ける

最近、マインドフルネスを学んでいます。

マインドフルネスとは、今ここにいる瞬間に気づく、ということ以上でも以下でもないと今のところ解釈しています。

未来や過去やマインドレスネス状態にならないようにすると、心が安定するという精神安定ならびに仕事のパフォーマンス向上技術のようです。

釈迦の瞑想と同じものであり、いわゆる、ヴィッパサーナ瞑想と本質は同じだと思うのですが、当たり前ですがいまいち体系的にまだ分かっていません。

仏陀の瞑想技術が西洋的に解釈されて企業で有効活用されているという逆輸入の思想なので何か味わい深いものがあると思っています。

これを実践して、わりと意識すれば、心が安定するのが分かるので、いちおう効果があるものだとは思っているのですが、

もうちょっと、詳しくなりたい&人生に生かしたいと思っているところ。